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怒鳴っても人間は変わらない

「怒鳴っても人間は変わらない」
これはアメリカの自動車工場の話です。
http://www.lifehacker.jp/2013/08/130825fix_the_machine.html
(ライフハッカー 日本語版)

GM時代には労使が衝突して混乱が続き全米最悪だった工場が、トヨタの傘下に入ると全米トップの工場に生まれ変わりました。

その理由は──
少々長いですが、上の記事から引用してみます。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
米・カリフォルニア州フリーモントにあるGMの工場は最悪の状態でした。
当時の労働組合長は「戦いの毎日でした」と振り返ります。
「働いている時間より抗議活動をしている時間の方が長かったのです。ストライキは日常茶飯事で、毎日が混乱の連続でした。当時の自動車業界では、フリーモントの労働者は全米で最悪だと呼ばれていたのです」。

当時の工場を調査した米・ミシガン大学のJeffrey Liker教授によると「フリーモントの工場で買えないものはない」がキャッチフレーズだったそうです。
「セックス、ドラッグ、アルコール、すべてが工場内で手に入りました。昼食や休憩時間になると、賭博などの違法行為も見られました」。
無断欠勤は常習化しており、労働者が十分に出勤していないため、製造ラインが動かせないことも多くありました。
管理者は、工場近くのバーに入り浸っている労働者たちを引きずり出して働かせたこともあったそうです。

会社が労働者に罰を与えれば、すぐに過激な仕返しがありました。会社の車にわざとキズを付けたり、ストライキを始めたり、部品を故意に取り付けなかったりしました。それは会社と労働者の戦争でした。
1982年、ついにGMはフリーモントの工場を閉鎖しました。
しかしその翌年、トヨタがアメリカで最初の自動車工場を建設するにあたり、GMと提携することが決まりました。フリーモントの工場は再稼働することになったのです。
この時、工場で再雇用されたのはGM時代に最悪と呼ばれたあの労働者たちでした。
またこの出来事は、「GMとトヨタがそれぞれ同じ労働者を雇ったらどのような違いが出るのか」という、経営史に残る壮大な実験の始まりでもありました。

まずトヨタは、フリーモントの騒がしい労働者を日本に送り、彼らにとっては「全く新しい働き方」を見せることにしました。「トヨタ生産方式」と呼ばれる働き方です。

トヨタでは、現場の労働者と管理者は同じチームだと見なされていました。労働者がミスでラインを止めても、管理者が怒鳴ることはありませんでした。それどころか、どうやって労働者を手助けできるか、自ら現場に足を運んで聞きに来ていたのです。
フリーモントの労働者にとって、これは信じられない光景でした。
当時のトヨタで教育係をしていた従業員はその光景をこう語ります。「フリーモントで30年以上働いてきた白髪まじりのアメリカ人が、涙を流しながらトヨタの労働者を抱き寄せていました。彼らはみんなが協力し合うトヨタの働き方を見て、心の底から感動したようでした」。

3カ月後、フリーモントの労働者はアメリカに戻り、工場は再稼働しました。すべてが変わっていました
抗議活動や無断欠勤はすっかりなくなり、労働者たちは仕事に来るのが楽しみだと言うようになったのです。
変化はそれだけではありません。過去に全米最悪と呼ばれたフリーモントの工場は、全米トップの工場に生まれ変わったのです。作った車は満点に近い品質評価を受け、製造コストも急減しました。
問題は従業員にあったのではなく、仕組みにあったことが証明されたのです
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「みんなが協力し合うトヨタの働き方を見て、心の底から感動したようでした」
このとき彼らの心は、和されたんだと思います。

敵対して憎悪するのではなく、和合することで心の底から得られる喜びを感じたのでしょう。

私たち日本人にとっては、みんなで協力して仕事をする、というのは当たり前のことで、何とも思っていませんが、世界を見回すと、決して当たり前ではないんですね。

アメリカの労働者が驚いて感動して涙するほど、日本人の働き方は、素晴らしいのです。
日本人はもっと欧米人のようになれ、ということで、いろいろバッシングされますが、逆に欧米人よ、もっと日本人のようになれ、と言ってやらねばなりません。

「怒鳴っても人間は変わらない」
これは学校での体罰問題を考えるときにも重要ですね。
戦争を考えるときにも重要です。
アメリカがベトナムやアフガンやイラクを爆撃しまくって、それで何かが変わったでしょうか?
日本はアメリカが原爆を落としたから変わったと思っている人もいますが、原爆投下はきっかけにはなったかも知れませんが、実際に日本を変えたのは天皇の終戦の決断だと思います。
万世のために太平を開かんと欲す、という、あの聖断です。
「勝てないから戦争をやめる」のでもなく、「やめるけどいつか復讐してやる」のでもなく、「万世のために太平を開く」ために戦争をやめる、というあの聖断が、日本人を和したんだと思います。

ところで、この記事では、「重要なのは人間を変えることではなく、仕組み(システム)を変えること」だと結論付けていますが──しかし、もっと重要なことは、仕組み(システム)に依存しない人間になることです。

いかなる環境においても──たとえ貧困でも、病気でも、戦乱の中においても、大災害がふりかかったり、犯罪の被害者になったり、人に裏切られたり、罵られたりしても、いかなる状況においても──自分を見失わずに、平常心を保ち、安心立命の境地に立つこと、それが神の教えです。それを古今東西の宗教は説いてきました。

しかし現実にはほとんどの人が、環境に依存しがちです。

たとえば皆さん、誰かとケンカして腹が立っているときに、「自分が怒っているのはお前のせいだ」とか言ったことはありませんか?
それは自分の感情が、他人に依存してしまっている証拠です。
主体性がないですね~。
私の気持ちはあなた任せ・・・てことです。

他人が何と言おうともビクともしない自分をつくること。
いかなる生活環境においても、ビクせずに、楽しく、笑って暮らせる自分をつくること。
そういう方向に向かって進んで行きたいですが、現実にはまだまだ環境に左右されやすいのが現代人です。

ですから上記の記事のように、システム(法律とか制度とか)を変えることによって、なるべくストレスがなく、和合することの喜びを感じ取れる社会構造にして行くことも大切だと思います。