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体罰以外の方法

元巨人選手の桑田真澄は実は私と生年月日が同じです。1968年4月1日生まれです。
その桑田真澄が最近大阪の高校で起きた体罰自殺事件について次のように言っています。
http://www.asahi.com/national/update/0111/TKY201301110314.html

『私は、体罰は必要ないと考えています。「絶対に仕返しをされない」という上下関係の構図で起きるのが体罰です。監督が采配ミスをして選手に殴られますか?』

なるほど。監督がミスをして選手に殴られるなら、体罰はしないでしょうね。仕返しをされないから、思い上がっちゃうんでしょう。

『指導者が怠けている証拠でもあります。暴力で脅して子どもを思い通りに動かそうとするのは、最も安易な方法。昔はそれが正しいと思われていました。』

『今はコミュニケーションを大事にした新たな指導法が研究され、多くの本で紹介もされています。子どもが10人いれば、10通りの指導法があっていい。「この子にはどういう声かけをしたら、伸びるか」。時間はかかるかもしれないけど、そう考えた教え方が技術を伸ばせるんです。』

時代はまさに「言向け和す」(ことむけやわす)の時代です。
ある目的を達成するために、暴力以外の方法があるはずです。
暴力を使わず、口で言って済むのなら、その方がいいでしょう。

暴力で目的達成するのではお猿さんと一緒です。
言葉の力で相手の気持ちを変化させることが出来るのは、人間だけにしか出来ません。

しかしその努力を今まで怠ってきたように思います。特に政治だとか社会改革の分野です。

たとえば戦争。
外交問題を解決する最終手段として軍事力が行使されるわけですが、戦争をしないで済むように、「情報操作」というやり方が行われています。情報戦です。

しかし結局は、相手の国を屈服させようという姿勢です。「言葉の暴力」なんですよね。全然「和す」(やわす)になっていません。

「和す」というのはお互いがラブラブになることです。相手を自分の支配下に置き、隷属させることではありません。

暴力とは、相手に恐怖心を与えて自分の要求を聞かすことです。だから。厳密に言ったら「体罰」とか「戦争」自体が問題なのではなくて、「恐怖による支配」ということが問題なんだと思います。
「罪悪心を植え付ける」とか「不平不満や憎悪を持たせる」というのも同じです。これは悪のやり方です。

体罰とか戦争自体を問題にしていても体罰や戦争はなくならないと思います。
それは物事の表面です。

体罰に抗議するために学校や教員を糾弾するのもまた同罪ですよ。
「言向け和す」 これが真の日本精神です。

天孫降臨のときに、「言向け和して天下を平定せよ」というミッションが天孫に与えられました。
そうして誕生した民族が、私たち日本人です。
「大和の精神」と言ってもいいですね。

本当はみんな、誰でもラブラブになりたいんですよ。
中国人も韓国人も、みんな日本人とラブラブになりたいんですよ。
しかしその方法が分からないから、暴力的になる。
暴力で押し倒そうとするわけです。

ではどうすればいいのか?
その方法を探求し、開発するのが、「言向け和す」をミッションとする私たち日本人です。

世界は日本に注目しています。
それは日本のマネーや技術に注目しているのではなく、日本精神に注目しているのです。

言向け和すの研究会を開こうと思います。